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2013
12.16

彫刻の森美術館:ピカソ館

Category: お出かけ
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箱根へ旅行してきました。
風が強かったんですが、天気が良く、気分も最高な旅になりました。
たぶん、これが今年最後の旅行・取材になるだろうと思います。
仕事に直接的な取材旅行と私的な旅行、会社の慰安旅行から単独行動で散策に出かけたものなどなど、今年は様々な土地を歩きました。
今年最後にこのピカソ館を訪れたのはなかなか重要な体験になった(なる)だろうと思ってます。

彫刻の森美術館は1969年開館した日本国内初の野外美術館。
ピカソ館は1984年に開館したそうです。
ボクが初めて行ったのはその数年後で20代の頃だったかな。
ピカソの絵や彫刻は写真で見たことはありましたが本物を見るのはその時が初めてでした。
ピカソといえば立体を分解し再構築した有名なキュビスム時代の作品など、パッと見「これは何?」と言いたくなるような作品群で、何が良いのか捉え難い印象が強いと思います。ボクも青の時代やバラ色の時代、晩年の母子像のような作品が感覚的に掴みやすかったものです。
しかし、本物から受ける印象は全く別物で、写真でしか知らなかった時の知識に偏った、あるいは「わかろう」とする見方を覆すもの。
それは「生きている」という強烈な感覚。感覚というより体感ですね。
この季節、道路に積もった落ち葉を集めるのに風を発生させる機械を使ってるのを見たことがあると思いますが、あれを真正面からブワッ!と吹きつけられたような感じと言ったら良いでしょうか?
「鳥肌が立つ」を超えていました。
キュビスムの作品であっても、牧神の顔が描かれたお皿であっても、パッと見でそれが何でどんな人のどんな表情なのか理解できなくても「来る」ものがあった。
描かれている形は写実と違っても、今にも動き出しそうな、声が聴こえるような感じだったのです。
見る人に何かを伝える時、表面的な写実性、リアルさというものは必ずしも必要じゃないんだな、と実感しました。(予感程度だったかもしれないが。)

当時はアニメーターになって数年で動画だったか原画になっていたか覚えていませんが、「生きている感じ」を描き、動かすためには、形にこだわる必要はないし「自分の絵」である必要すらない。
アニメーションの楽しさというのは(すべてとは言いませんが)絵柄的なところとは別なところにあるのだろう。
そんなことが観た後じわじわと来たのでした。

それから20数年経って箱根でピカソに再会しました。
一つひとつの作品から感じるものは今も変わらないのですが、今回はその膨大な作品の数に驚愕しました。
絵皿では一日に20枚にも及ぶ絵付けを行ったり、陶芸職人がポイっと放り投げた皿の欠片や粘土の塊をあっという間に作品に仕立てしまう。陶芸作品は数千にも及ぶそうだ。
一枚の版画に18回も修正を加えたジャクリーヌの肖像は解説にもあるように18段階のすべてが独立した作品のように見えました。
このように感性だけで次々作り出せたように見える作品群は、少年時代からのアカデミックな積み重ねがあってのことでしょう。
いきなりキュビスムの作品が生まれたわけでもなく、いきなり自由闊達な陶芸、彫刻作品が生まれたわけではなく、それぞれの基本的な特性をよく知った上での「自由」なのだ。
知らないで勝手なことをやることは自由とは言わないし、すぐに行き詰まる。
小さな積み重ねがあって初めて自由自在に膨大な作品を生み出せたのだろうと思う。

アニメーターは数をこなすことと質の高い仕事をすることの両立に苦労します。
自分がやりたいことと作品や演出が要求することの違いに苦しむこともあります。
両立できている先輩を見ていきなりそこへ行こうとする。個性的な作風を真似してみたりする。
しかし、積み重ねのない真似事は早晩行き詰まってしまうのです。

思いつくまま乱造してるかのように見える作品群が、それ以前の膨大な経験値に支えられ、経験の中で感性をすり減らさず(ルーティンワークに堕さず)、常に新鮮に保ってこれたことに驚愕しました。
自分が好きなものだけにこだわらず、好き嫌いであらかじめ選んだりせず、見逃してしまうような小さなことも見逃さず、素直に物事を受け取って吸収し作品に昇華できた。見る者には理屈ではない言葉に出来ないような感覚を想起させる…。
簡単そうで、極めて難しいことです。
これは20年以上商業アニメをやってきて痛感できたことかもしれません。

そして、上手く描こう、誰かに気に入られようとして描き惜しむ暇があったら手を動かせ!もっと描け!
他人や状況のせいにするな!と言われているような気分にもなりました。
ありがたい叱咤激励に、ピカソ館を出てからもしばらくは寒さを忘れることができました。


来年は原点に帰ってアニメーションやイラストや様々な表現分野で手を動かしていきたい。
まだ、耄碌するには早すぎますからね。



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2013
06.03

ミャンマー旅行

Category: お出かけ
5日間、ミャンマーへ行ってきました。

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海に近い街 ヤンゴン

ちょうど雨季に入ったところで思ったほど暑くはなく、湿気の多さが日本の今時分の二倍ほどと言ったとこでしょうか。割合過ごしやすかったです。
しかし、3月から5月までは最も暑くてミャンマー人でさえ外に出たくないほどだそうなので、一年でも珍しい頃合いだったようです。

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シュエズィーゴン パゴダ(バガン)

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ちっっちゃい修行僧

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アーナンダーパゴダ

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シュエサンドー パゴダからの眺め

古都バガンに林立するパゴダ(仏塔)は王様などが功徳を積むために建てたもので、かつては6000基以上あったそうだ。
その後、地震や自然に崩れてしまって現在では2500以上が残っているそうです。
自転車を借りて走っていると真新しいパゴダが建てられていたり、修理されているものもある。
大きいパゴダには商店が立ち並んでいて日本のお寺や神社の門前横丁に似ていますが、もっと密接、というか渾然一体となった印象でした。


CIMG2456.jpg
日本人墓地

ヤンゴン郊外にある日本人墓地です。
調べてみると明治時代から訪れていた日本人のお墓が元々この辺りにあり、ビルマ戦線で戦った日本兵の墓地が作られたそうだ。
日本政府やビルマ日本人会、個人の方が寄贈した慰霊碑も立ち並んでいます。

この間、安倍首相が訪れた際にも慰霊されたそうです。
墓地から少し離れたところにはマーケットがあってとても賑やかですが、墓地へ続く道を進むと人通りが少なくなって、この周辺は民家などもほとんどない。
安倍首相を迎えるために大急ぎで道を舗装してくれたそうだ。
しかし、日本のメディアは首相が墓地を訪れたことも、ミャンマーの人が快く迎えてくれたこともあまり報道していないらしい。
ヤンゴンのダウンタウンでは安倍首相とアウンサンスーチーさんが並んだ写真を大きく扱った新聞が売られていた。
36年ぶりに訪麺した日本の首相に対する注目と期待は大きいのだろう。
日本はビジネスだけでなく気持ちの面でも古くからのつながりを再確認する必要があるでしょう。

ミャンマーはイギリス統治からの独立を日本とともに戦い、日本の管理に甘んじず独立を守ろうとした。
客観的に見れば上手に利用したようなものだけど、それだけに自分たちの国と文化を守ろうとした自然な行動と言えましょう。
ガイドさんのお話では、戦争は今では歴史の一幕として受け入れて日英両国に対して特殊な感情はないそうだ。
それどころか、親日的な国柄は肌で感じることが出来ました。

意外なほど豊かな農作物に恵まれ、のんびりしてて信仰に厚くて、真面目で器用で「笑顔が挨拶」という人柄。それでいてごった煮のような町々では怖いくらいの生きる力が潜んでいる。
様々な顔。
きれい事でない歴史の強さが今のミャンマーにも色濃くある。
日本で薄まってしまったものがここにはたくさんあるように思いました。

テレビ・新聞は「報道しない自由」でなく、きれい事でないミャンマーを伝え、お互い高め合えるようにこれからの経済協力と人と人のつながりを支えてほしい。
「報道」とは「報いる道」と書きます。
見たこと、聞いたこと、感じたこと。頂いたことに報いるため、人の道に忠実であってほしい。
ボクは ほんの5日間だったけど、拙いながらそのほんの一部を書いてみました。


ちなみに、食事はとても美味しかったです。
国内でも旅行に行って食べ物が美味しいとそれだけで嬉しくなりますよね。
心配の多い海外では尚更で、一食目でホッと心が和みました。
ガイドの方の細かい気遣いもあってトラブルもなく、とても愉快で快適に過ごさせて頂きました。
ヤンゴンの街やバガンの集落、その建物や塀の意匠がとても特徴的で、今度来たら一つ一つ観察してスケッチしてみたい。
住むのは大変だと思うけど、ホテルで働いている日本人の若い女性も生き生きとしていて、一言で言うと「イイ感じ」でした。

同行のお誘いを頂いた三橋貴明さんに感謝です。
今回のミャンマー取材で本を書かれるそうなので楽しみです。

三橋さんのブログをお借りして別な切り口のコラムを書かせて頂きました。
こちらもどうぞ。

安倍首相の訪麺の話は三橋さんのブログに詳しく書かれています。







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2013
03.08

出雲 - 日御碕 紀行

Category: お出かけ
出雲大社

神宮(伊勢神宮)に続いて 出雲大社へ行ってきました。
読みは正確には「いずもおおやしろ」。
御祭神は大国主大神(おおくにぬしのおおかみ)です。

「希臘から来たソフィア」ではギリシャと日本の神話を訪ねる場面が出てきます。
主人公たちが歩く場所や見たものが鮮明に脳内に「画面」として浮かび上がりました。

お伊勢さんは実家から直線距離では近いし伊勢志摩は子供のころから何度か行っていて親しみがありましたが、今回は初めて行く山陰。
長崎で仕事を終えてからの個人行動でしたが、けっこうドキドキしました。

 ↓ ↓
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2013
01.06

伊勢神宮参拝

Category: お出かけ
〜目に見えないが故の真実〜

1月5日に伊勢神宮へ行って来ました。

目的地だけが決まっていて旅程はほとんど思いつき。
実家の愛知県豊川から最もおもしろかろう道を選びました。
すなわち
豊橋鉄道渥美線〜豊鉄バス〜伊勢湾フェリーで鳥羽へ、そこから近鉄で伊勢市へ という行程。

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内宮の宇治橋と宇治橋鳥居


伊勢神宮は皇大神宮(内宮-ないくう)と豊受大神宮(外宮-げくう)、その別宮、摂社、末社、所管社の合わせて125の宮社の総称。
宇治山田 一体が巨大な神宮というわけですね。実に壮大です。

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外宮の正宮

内宮には天照大神がまつられ
外宮には天照大神の食事を司る豊受大神がまつられていて衣食住と産業の守り神とされてます。

伊勢神宮そのものでなく、参拝して感じたことを書いていこうと思います。



神宮内の社殿には写真ように入り口正面に目隠しのような板塀が設置されてるものがあります。
たくさんある社殿にはこのように板塀があるもの、幾重もの塀に囲まれて扉の奥が見えないものばかりです。
中に何があるかはっきりわかるものは一つもありません。
神社でお祓いを受けるときに社殿に入るけど、特別な神々しい何かがそこにあるわけでもない。
寺院の仏像やキリスト教の十字架などのように具体的な「何か」があるのではなく、隠されていて見えないのです。
だいたい、神社は小さいものでも雑木林に守られていて外から見えなくて鳥居があるから神社だとわかるのが多くて、ただの森だったり山だったりですよね。
伊勢神宮は外から見れば、ただ大きな森があるだけ。
教会のように明らかにそれと分かる形にはなっていないですよね。

神宮を巡りながら、この「隠されていて見えない」ところに日本の宗教観、文化観、価値観、日本人の気質を形作る秘密があるのでは?と思うようになりました。
ボクは神社仏閣が好きで引っ越したら必ず近所の神社に参拝するし京都・奈良の寺院にも何度でも行きたいと思う方なんですが、今までは神社の中には「何かがある」んだろうと思ってました。
でも、紀元前四年に創建された内宮にもその500年後に創建された外宮にも、近所の神社同様まつられている神様は明らかであっても形はないのです。

なぜだろう?

なぜ隠されているんだろう?

砂利を踏みながら樹齢の見当もつかない大木や、神が宿るとされた古い石を見て歩くうち
「そういうことか…」と思い至りました。至ったというと結論ぽいですが推測、勝手な考えですがかなり確信に近い感覚に。

「何か」が形に現れていて、それが見えるようになっていれば「神様」はそれそのものになってしまいます。
その形じゃないものは「神様」じゃなくなってしまう。
つまり
八百万の神々がボクらの住むこの世の全てにあって、そのおかげで生かされているという感覚はその中心となる神宮の「何か」が隠されていることによって信じられる。
山や川や石や木や生き物食べ物スゴイ人物スゴイ作品…八百万の神が宿ることを感覚的に理解できることの大本が「隠されて見えない」ことから浸透してきたのではないか、と。

20年に一度の式年遷宮が千数百年間行われてきた歴史と、そこから生まれてきた文化、人々の意識というものの根っこの根っこに「見えないこと」を尊ぶ精神があるのでは? と。

そして参拝に集まる人たちを見ていて日本人とは?なんてことも考えてしまった。
日本人を揶揄する時「みんなで渡れば怖くない」と言ったり、「みんながやってることをやろうとする」ことを悪く言うことがあります。
悪い方向になった時、戒めとして言う気持ちはわかる。
でも、あえてそれこそが日本人なんだろう、と前向きに捉えたいと思った。

神宮には昼前から参拝客が増え、石段も行列が絶えませんでしたが、石段の端はなぜか二人分くらい開けて並んでるんです。
エスカレーターのどちらか片方を開けるのに似てるんだけど、エスカレーターが先じゃなくて元々そういう感覚があるのかもと思った。
道いっぱいに広がって行き来の邪魔をすることもない。
御札を買う行列に横から入ろうとする人もいない。
我先にと、自分本位に動くのでなく、自分以外の誰かの気持ちを慮ろうとする感覚。
大災害でも暴動を起こさず援助や配給も行儀よく並んで受け取って外国人を驚かせた日本人の国民性。

日本人は本来(本来と書かねばならないくらいには、この感覚は薄れてしまってると思うけど)ルールブックに書かれてなければ何をやっても良い、などとは考えませんよね。
大声で主張せず、人と人が大事にする「何か」を察し合って、その感覚を大事にして行動します。
それが日本人ですよね。

その中心には連綿と続いた神々の歴史あった。
それを二千年以上代々受け継いだ皇統の歴史は尊いものだと。
イデオロギーのバイアスなしに、もっと自然にまっすぐ感じられるようになれば良いと思いました。



伊勢神宮のほんの一部だったけど、歩きまわって感じたことはここ数年 心に引っかかっていることでした。
「伊勢神宮に行こう」年末からそう強く思うようになったのはヒントが欲しかったからかもしれない。

見えざるものを心の中に持っていることが、見かけ上のルールが壊れても乱れない強さに繋がっている。
憲法問題の根底にあるものです。
本当は帝国憲法すら日本人の気質、伝統文化にそぐわないのではないか?
文字で書かれた目に見える憲法典よりも、見えない大切な物がある。ということを再認識した気がします。

東日本大震災。
政治不信のピークになった民主党政権。
そんな時でも決して暴動を起こさない日本人を揶揄する向きもあったけど、それが日本人だ。
不満は述べてもそれぞれ良い方向に行くようがんばろうとすることは尊いと思う。


平成二十五年、2013年は20年に一度の式年遷宮が行われる年。
遷宮は禊の意味もあるという。
新しい社を保って魂の新鮮さを永続させるまつり。

偶然といってしまえばそれまでだけど、バブル崩壊後の低迷から約20年。
見かけは腐ったかもしれないが、魂さえ健全であれば日本は復活できるに違いない。
まだ間に合う。

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五十鈴川御手洗場

お伊勢さん参拝して、今年は本当に良い年にしようと改めて気を引き締めました。



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2009
07.03

引き続きエヴァ関係

Category: お出かけ
打ち上げで伊豆下田へ行って来ました。

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写真デカイな(笑)

途中から晴れて来てとても気持ち良い旅になりました。
といってもメインはエンドレス宴会だったので電車待ちの数時間だけの散策でした。
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公開後一週間の入りは絶好調の様で本当に良かった。





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