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池袋で初回を見てきました。
朝の9時40分開始にもかかわらず、入場待ちの人の列がたくさん。 ボクは前日は3時頃寝たんで眠い目をこすりつつの参加だったけど、なんか 目が覚めた。 … 「完」の文字が出るのと同時に喝采と「ブラボー」の嵐が! 予想してなかっただけに本当に嬉しかった。 なんとかしてフィルムに答えようと言う純粋な気持ち、だと思う。 ありがたい。 「グレンラガン」は祭りだね。 踊る阿呆に見る阿呆。同じ阿呆なら踊らにゃソンソン〜♪ だ。 今回は「まんが祭り」を観てる気分になれたのが良かったなぁ。 4年間に渡るシリーズはこれでおしまい。 末席でも参加して良かった。 がっつりやってた人たちとは温度差があるかもしれないけどね。 そんなことは小さいことだ。 裸で踊れる(?)自分に少しは自信を持とう。 そう思えた気がした。 そういう仕事をしてるんだと、再認識できた気がする。 フツウの常識? 知らねーよ。と。 夕方から打ち上げ。 今、帰って来てこれを書いてます。 数えきれない方々に感謝しつつ。 「天元突破グレンラガン:螺巌篇」が今日から公開開始です。
みなさま。骨の髄までお楽しみ下さい。 客電が点いて現実に戻るまで。 久しぶりにデジタル演奏のページを更新しました。
今回はブルックナーです。 「ブルックナー開始」シリーズを、て企画したのはいったい何年前だったか… ちまちまと作っててようやくアップ出来るとこまで辿り着きました。 追記です。 交響曲や交響詩(Symphonic Poem シベリウスの場合はTone Poem「音詩」)には 物語における「起・承・転・結」「序・破・急」のようなものがあります。 ソナタ形式、二部形式、ロンド形式などいろいろありますが、中でもソナタは起承転結に似ていて、交響曲の最初または最後に持ってこられることが多い。 ブルックナーの交響曲の終楽章はベートーヴェンの第9に倣っており、1−3楽章の回想でスタートしてそれとは違う天地へ向かう構成です。 ベートーヴェンの第9では「このような音でなく」と前3楽章を真っ向否定し、歓びの歌がスタートしますが、ブルックナーの場合最後には1−4楽章のテーマが合体して終結するのです。 特に第8交響曲の終楽章は圧巻で終楽章だけで20数分を要する長い曲なのに退屈しません。むしろ長いからこそ充実感が大きい。 さて 絵コンテを描く時、時々ですがそういう音楽の構成を参考にすることがあります。 序奏ー提示部ー展開部ー再現部ー終結 これがソナタの基本(たぶん)ですが起承転結に似てますね。 主人公の行動や感情線を構成する時に参考になります。 主人公をメロディに置き換えた場合ですが、時に目に見えるキャラでなく、テーマをメロディとして考えることもあります。 「屍姫」22話では、この作品そのものとは別なテーマをメロディとして展開してました。 それが何かは書きませんが。。。 エンディング終了です。
結局二日間合わせて12時間かかってしまいましいた。 ![]() 赤坂のTBS近くをぷらぷら歩いてる下々の人をぼんやり眺めてる間に 一分一秒に命描けてる同士がいるのです。 頭が下がります。 ビルから向かいのビルを眺めてると室内で煙草を吸えない男女が 非常階段に出て来て煙を吐きつつ何やら喋ってます。 なんとなく、この景色だけでもショートフィルムになりそうだな、と 想像を膨らませながら。それにしても待ち時間が長かった。 時間の濃度というのは時によって外だったり内だったりして定まりません、 投げたダーツがどこに刺さるのか。そこがピークだと言い張るには いつもピークにしてないとないとイカンのかなー、と気が遠くなる今日この頃。 さあ、完成間近です。 できたてホヤホヤの熱いフィルムを、どうぞ! 今年も「グレンラガン」エンディング一人祭り開催中。
今年のは去年のより楽な気がする?というのはやはり気のせいでした。 本編作画もあと少しのようだけど机を覗くとどれも激重カットばかり。 今回はお手伝い程度でほぼエンディングのみなので全貌がわからず、限りなくお客さんに近い気分でワクワクしております。 公開まであと16日! そういえばガイナックスサイトのカウントダウンイラスト。 ボクもいずれ登場します。 お楽しみに。 |