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2012
03.10

3月11日

Category: ひとりごと
明日は3月11日。
東北地方太平洋沖地震による東日本大震災から一年経ちます。

どうしても生活時間帯が狂いがちですが午後にはしっかり起きていようと思います。

思い出せば、一年前の11日も遅くまで仕事をしていて14時46分18秒のあの時は寝ていました。
一つ前の日記でも書きましたが「ヱヴァ新劇場版」「あにみゅ!」と併行して「君に届け」の原画が佳境でした。
そんな訳で(いつものことですが)時間帯がくるくる回ってた。

寝ていて、縦揺れっぽい揺れで目が覚めた。
寝ぼけながらも大きい地震の前震だとピンと来ました。
地元豊川に比べて東京は地震が多いんです。
上京してから東京は雪と地震が多いなぁ、といつも気にしてました。
とは言っても大した準備はしてなかったから危機感は甘かった。
子供の頃から地理的なものに興味があったので、地震の揺れ方、来るパターンとかにちょっと敏感で、大きめでは前震がハッキリしてるので「これは…!」と身構えたりしてた。
あの時も「ヤバイ!」とベッドから転がるように下りて仕事机の下に潜り込んだんです。
潜り込む途中から揺れが大きくなり、四つん這いになった手や膝が湯のみを乗っけたお盆を水平に揺らした時にズレるのと同じようになってるのに驚いて、地面が揺さぶられる音、建物や家具が軋む音、何かが落ちる音…そういうディティールが観察できるほど長かった。
「でかいーーー!」からいつの間にか「もう止まれーーーー!!!」と喚いてた。

治まってもしばらく呆然。
余震のほうが大きい時もあるので窓を開け、玄関も開けて備えつつ仕事をしてる奥さんや学校の娘、一人暮らしをしてる息子に携帯で連絡。
横揺れってことは東京直下じゃない。まさか東海か?と親にも連絡。
電話は通じないので各所にメールを送った。
この返事はしばらく後になって返ってきた。
Twitterで知り合いの安否を確認するとあの時は仕事部屋に置いてた小さいテレビを点けて三陸の状況に釘付けになった。
福島第一原発の惨状にも固唾を飲んでいた。。。

ここから後の状況はひとつ前の日記に書いた通り。
ですが、仕事を持ち帰って原画に向きあうまでの記憶が曖昧なんだよね。
普段から仕事中心で生きてるせいかな。


震災のあった去年。
広島に原子爆弾が投下された8月6日、地元豊川空襲の同7日、9日は長崎への原爆投下。
ポツダム宣言受諾を通告した8月15日…敗戦の日。
阪神大震災の1月17日。
中越地震や日航機墜落事故など多くの命が失われたことへの感覚がそれまでと比べて、より深刻に受け止めるようになったと思う。
起ったことは変わらないし命が失われた重みも変わらないけど、取り巻く状況や質の違いがあまりにも大きい。
原発事故もあってか国の形そのものに対する考え方に影響が大きかった。
戦前から、いや、外国との交流が本格化した幕末から第2次大戦までの日本と、その後から現代の「戦後」日本。
震災後の被災地や事故を起こした原発への国の対応を見るにつけ「なぜこうなった?」と考えざるを得なかった。

民主党政権を責めても始まらない。
彼らに責任を求めるのは無理でしょう。そもそも国政に責任をとる気すら無いのだからボクとしては問題外。
反自民でまとまった、自分が船頭だと追い込んでる人たちの集まり。選挙互助会でしかないと思う。
そもそも、戦後の中途半端な日本の立場を放置し続けた自民党に原因があるのでは?

あの大震災で政治は遠い話でなく生活に直結したものだと、一層実感してしまった。

政治が国家と国民に本当に軸足を置いているか。
厳しくチェックしなきゃなんないと思う。
残念ながら民主党政権には全く期待できない。
自民党も一枚岩とは言えず頼りない。
既成政党でない第3極に期待が集まってるけど「船頭多くして船山に登る」を震災後の菅政権で痛感したのを忘れちゃいけない。
高所大所からの理念を持ってまとまった組織に期待するのが今後の日本に必要だと思う。
国民ひとりひとりが、身の回りの生活感と出来うる限りの大所から冷静に考えて、政治に求める意識が必要だと思うのです。
選挙が終わっても政治はボクらに関係し続けます。
どんな政治家を選ぶか、むしろ政治家を選んでから後が大事でしょう。
政権を取った党をチェックできるよう、国民も「お上」感覚から脱しないと、震災後が「戦後」のように長期化してしまうのでは?と危惧しています。
政治を育てるのは国民だと思う。
日本の政治が与党も野党もダメならば、すなわち国民がダメなんだ、と。

そんなことを毎年、毎月、11日の度…大きな出来事があった日の度に
改めて考えて、出来うる限り表現したい。




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2012
03.04

過去~現在~未来

Category: ひとりごと
あと数日で3月11日を迎えます。

このエントリーも結局消してしまうかも知れない。
何度書いても気持ちがうまく入らないし正しく伝わる自信が持てない。
自分の受けた衝撃など小さいものだったはずなのに、未だにうまく整理がつけられないでいる。


3月11日金曜日14時46分地震発生、津波が岩手宮城茨城を襲った。北海道や千葉にも2m以上の津波が来たという。
行方不明者を含めて2万5千人以上の命が奪われた。もちろんペットや牛、馬、豚、鶏など家畜も。
そして、家屋や街並みも破壊され土地の歴史、文化までも押し流したこの大津波による被害はまさしく「未曾有」の大災害だった。
深刻なのは「だった。」でなくいまだに進行中なこと。避難所で亡くなる年配の方。職を失い将来の展望も見えずに命を断つ方、二次被害も続いている。
仮設住宅や慣れない土地に移住した方々の不安。
被災地が一部でも生活の場に戻るのはいつのことなのか?
避難した人々が生まれ育った土地に帰ってこれるのはいつなのか?
…震災は一年経っても終わっていないのだ。


ボクは去年の夏頃引越しました。
新しい物件でも仕事スペースは机などあの時と同じ配置になってます。
それが仕事しやすいからなんですが、半年以上経っても余震や別な震源の揺れで一年前に時間が戻ります。
こうして机に向かってて見える景色はあの時と同じだからそうなるのも無理からぬことかも知れない。


ちょっと自分周りのことを振り返ってみる。

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