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2012
04.30

「始まりは『トラスト・ミー』」?

Category: 政治・社会
産経新聞の記事です。

「さまざまな批判を受ける民主党外交だが、その本質は素人丸出しの「外交ごっこ」と言えるのではないか。」

記事の最後はこう締め括られています。
「鳩山氏は首相退任後の22年10月、政権交代の目的について『米国に依存しすぎたこの国を真の独立国にすることだ』と振り返ったが、実際は日本の国際的地位は下がるばかりだ。民主党外交のツケを今、国民が支払わされている。」

*最近は短くまとめようとして下手クソを露呈するくらいなら、長くなって読みづらくても下手クソなまま書いてみよう、と言うことで以下とても長いです。


「米国に依存しすぎたこの国を真の独立国にすることだ」
全くその通りです。

昨日の日記でも書きましたが、このポイントでは憲法問題で異論のある両者すら一致していました。

鳩山外交は「最低でも県外」どころか普天間基地固定化を招き、失敗は明らかですが、ここでも悲しいことに現実が見えていない様を露呈していますね。

なぜ日本は「米国に依存しすぎた」のか。
なぜ日本は「真の独立国」になれないのか。

戦前からの歴史。
「帝国主義時代」の世界や、(米国内にまで)共産主義が台頭していた日米開戦前夜から冷戦開始までの歴史。
日本がこうした世界の動きとどう関わって、どう主権と国民の生命財産を守ろうとしてきたか。
その結果起った不幸な戦争の歴史的事実を、偏った認識で解釈し頑強に信じている政治家や知識人。

彼らには「なぜ米国に依存」することになったのかはわからない。故に「真の独立国」になどできないんじゃないでしょうか?
民主党内にも鳩山さんのような考えを危惧している人がいるようですが、民主党歴代政権を主導しているのは偏った認識を変えられない亡霊のような、日本が「敗戦国」であれば得をする政治家たち…。

鳩山外交のツケ(日米関係悪化)はTPPへの参加や消費税増税にも進ませているようですが、どちらも支援してるらしい日本の新聞はこのポイントを無視しています。
産経新聞ですら日米同盟へのこだわりから問題を見誤っているのでは?と。

マスコミの「歪み」を正さないと国民の認識も旧態依然のまま変わらない。政治も変わりません。
「敗戦国」のループから脱せられません。
「米国依存」からの脱却も、日本の「真の独立」も、夢のまた夢。

(長々書いたけどこの3行で十分だったか(^_^;))


とはいえ、民主党政権はそんな日本の問題点を浮き彫りにしてくれました。
自民党政権のままでは曖昧に戦後体制が続いてその歪みに気が付く人も増えなかったでしょう。
自民党内の自浄作用も下野したお陰で有効に働いているようで「新憲法草案」も発表できました。
その点では民主党と政権交代を実現した有権者の方々に感謝です。



*拍手コメントにお答え
「日本国民は国力を持ちすぎると戦争をする例があり、再起動すると怖い」とのコメント頂きました。
いつもコメントを下さる方で、このような意見も寄せてもらえるのは嬉しいです。

さて、国力を持ちすぎて戦争する例に豊臣秀吉を挙げておられました。
おそらく「朝鮮討伐」のことを言われているんですよね?

だいぶ時代が遡りますが「武力による主権侵害は避けなければいけない。」
これは現代では国際的な共通認識になっている思います。
ボクも全く異論ありません。

その上で。
秀吉の時代までにモンゴルの影響など朝鮮半島を経由した諍いが度々あったそうで、双方が外国に進出した過程にはそれぞれの国内事情も影響していたようです。
意思疎通がうまく行かなかったことも戦争に発展した原因でしょうか。
第2次大戦の頃ですら、いえ、インターネットが発達した現代でも起こり得ることですね。

歴史的な事案を現代の常識で善悪つけるのは適当ではありません。
当時は国家主権すら意識されず弱いものは退けられるのが当たり前でした。

情報は、船で国書を運んでいた当時から電信、インターネットと技術は進歩しました。
武力は、刀や鉄砲から核兵器にまで形を変えました。
戦争の起こる条件も戦争の形も秀吉の時代とは大きく変わっています。

情報技術と核兵器で不利なのは日本です。
核武装には慎重になるべきですが議論だけでも情報としての力を持ちます。
それすら許されなかったのが戦後の日本で、その大きな原因が「日本国憲法」とそれを疑問に思わない国民の意識。
再起動は国(国民)が主権を持って判断できるようになることだと考えます。
米国の庇護のもと、考えずに済んできたこれまでから、考えて選択する時代になるのです。
国民の意識が試されますし、仲間をどれだけ信用できるかも試されますね。
「怖い」のはこういった話を国民レベルでしてこなかった(できなかった)からではないでしょうか?
「支持政党なし」が半数を占める状況は政治家の責任以前に政治を真剣に考え意思を示してこなかった国民の側にあると思います。
政治が育たない原因はそもそも国民の意識でしょうが、それをさせない土壌を「日本国憲法」が作っていた。
どんな方法であれ、知識の量は問題でなく、一人ひとりが意思表示(表現)をしないと始まりませんね。
本来、日本には表現の自由があるのですから。
(ボクも20台の頃は非武装中立が良いとチャンネル桜に出てた護憲派の人と似たような考えでしたし、概ねノンポリでした。変わったのは大航空機爆破事件と拉致事件から「平和憲法」なんてウソじゃないか?と考えるようになってからです。考えを変えることは一概に悪いとは言えない、とも思うようになりました。少なくとも政治への興味はこの辺りから始まっています。)

新憲法草案には不戦の誓いがあります。
国防軍の設置と集団的自衛権の行使は戦争させないための担保・抑止力とセット。
矛盾するようですが、2つがセットで初めて効力が生まれるのが現実で、歴史から得た知恵なのだと。
「武力による主権侵害」をさせないために、残念ながらというか当然に武力を持つ必要があるんですよね。

これは特殊な話でなく、経済やごく普通の生活に関係した話だと思います。

ボクは武器になる拳を持ってはいますが誰かを闇雲に殴ることはありません。
自衛隊という軍を持ちながら「軍隊じゃないよ」と言い張るのは外国から見ればポケットに手を突っ込んでヘラヘラしてるようなもんで、不安でしょう。
これでは真面目に付き合えませんよね。

国力と防衛と適切な憲法。
このバランスが大事だと思います。


草案では憲法改正手続きの緩和もあります。
現実的に改正不可能な条項を改め、時代と国民の判断に沿って改正できるような緩和です。
国民の意志の反映が「日本国憲法」よりもハッキリ示されています。
権利があれば責務が生じます。
慣れないと重く感じるでしょうけど、人生甘くはないんですよね。


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