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2012
05.03

「感覚」と「思考」

Category: 政治・社会
一種の演出論だけど「政治・社会カテゴリー」で書いてるのは「私と公」のテーマを含んでいるからです。
たぶん続編を近々書きます。

さて
大好きな、サム・ライミ監督の「スパイダーマン 2」にこんなセリフがあります。(以下ネタバレ有り)
「僕は、気持ちに騙された」
ピーター・パーカーが生身の人間としての生き方、MJとの恋に真剣になってスパイダーマンの力が弱まってしまいます。悩んだ末ついに一人の男の人生を選び、スパイダーマンを辞める決意をする。
しかしドクター・オクトパスの身勝手な暴虐に、亡くなったおじさんの遺言「大いなる力には大いなる責任が伴う」を自覚します。
ドク・オク自身が科学者だった時に言う「崇高な目的のためには自分を諦めなければいけない時もある(うろ覚え)」もおじさんと同じことを言っていたのです。
パーカーは「気持ちに騙された」と利己的な心を否定し、MJを断ってスパイダーマンになる。
ドク・オクは科学者の使命を思い出し暴走した装置を身を捨てて止める、
「スパイダーマン 2」のテーマは二人の男の利己的な考えを巡る対決なので、戦っている相手は自分の中の理性、と言って良い。
「公」と「私」の対比でもありましょう。

要約すればこうなります。
スパイダーマンことピーター・パーカーは大いなる力と自分の夢との戦いで悩む。自分の夢を肥大化させた怪物ドクター・オクトパスと対決・勝利することで、大いなる力と夢の両立をも勝ち取る。


パーカーの学業や恋を大事にしたい気持ち・感覚は間違いではない。
でも、たまたまとは言え得てしまった大いなる力(公)と「感覚」的な恋(私)との間で「思考」が発生し、最終的に恋(私)の方を捨てるんです。
「えええ?両立すればいいのに~~」という思いは一種のサスペンスとなって最後のオチに繋がっていきます。
見事な構成ですね。
「感覚」と「思考」をバランスよく使うこと。そのどちらかを増長させ操られてはいけない。
この映画の理性的なテーマはここにある、とボクは観ました。
アメコミヒーローの中ではスパイダーマンが一番好きなのはこの辺りですね。
一本目からしてこのテーマは一貫していますが、二本目はよりハッキリしていてキャラクターの魅力とも有機的につながっていて素晴らしいと思う。


「気持ちに騙された」
気持ち、は「感覚」の一種…別な言い方だとも言えますね。
自分に沸き起こる気持ち「感覚」はウソをつかないし騙すこともない。
時がたって変わることはあってもウソではないよね。
なので、「感覚」を大事にするし、最優先する場合もあります。
「思考」から生まれる論理より大事だという意見もあるでしょう。
しかし、行き過ぎれば騙されてしまうんです。
なぜなら「感覚」は自明すぎて論証できないんですよね。
たとえば「イマイチ」「まずい」と人が言うラーメン屋でも自分が「うまい」と思ったら美味いんですよ。
細かいこと言えば麺とスープのバランスが…云々とあるわけですが。。。

表現として「感覚」をストレートに出して
「こんなうまいラーメン食べたことない!」
…と言えばシンプルでわかりやすいし聞いた人にも「感覚」で伝わります。感覚の連鎖で行列ができたりします。
ワンクッション置いて
「すごくうまい!でも薄口好きな人には合わないかもね」
…と言うと濃口かな?とどんな味か想像する「思考」が発動します。が、理屈っぽい印象が否めないと広がりにくいでしょう。

「感覚」とは「私」と言い換えることも可能かと思います。
好き…嫌い…心地良い…気持ち悪い…安心…怖い…感覚を疑われると自分を否定されたようで不快に思います。
感覚の自明さは受け手の中で再生産され積み重なって広がっていき空気を作り出し易い。
ある「感覚」が集団化すると最早「思考」の入り込む余地はなくなり「思考」による修正が不可能になってしまいます。
行き過ぎると「騙される」のです。

「思考」は「公」を含みます。
思考するには自分だけでなく客観的なデータや事実の積み重ねが必要になりますから、より多くの人が確からしさを認めることができる。
「思考」の過程で間違いが指摘されても自分から距離を置いた積み重ねであればいたずらに不快になることもなく修正できます。
しかし、こちらは行き過ぎると、自分のない面白みのない意見になり易い。

行動(表現など)の間違いを防ぐためには「感覚」と「思考」を会話させチェックすることが大事だと考えます。


ボクのような仕事をしてると、「感覚」と「思考」の優先順位を常に意識しなければいけない。
時と場合によっては「感覚」を押し出すこともあり、あえて「思考」を採ることもあり。

作品を作る時、演出をする時不可欠なのは、ヒトコトで言えるかどうかです。
文章なら1行~3行で要約できない物語はお客さんに伝わらない、と言われます。
「感覚と思考」の力が試されます。
好きな映画を短く要約する訓練は演出を志す人には有効だと思いますよ。


演出としては、まずは「感覚」で伝わらなければ失敗です。
”読後感”の中で作品を反芻して「思考」を発動されても揺るがない、むしろ楽しい、スルメのようなものが作れれば一番良い。



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