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2012
06.18

原発問題のつぶやき「まとめ」

Category: 政治・社会
昨日書いた「尖閣諸島の海」の補足的意味合いで、考え方についてTwitterでつぶやきました。
「特殊な・偏った・極端な政治思想」と書いた部分に自分で引っかかりがあったので「偏ってる」とはどういうことか、書いてみたくなったのです。
Twitterの悪いところは140文字で分断されるので話が逸れ易いことなんですが、偏りを自分で検証する難しさやどこに軸を置くか人によって如何様にも変わってしまうことなど書くつもりでした。

軸をどこに置くかの基準「真実を元にしたものか?」「不確かな情報によるイメージで思い込んではいないか?」が外せないのは書いているのでこれさえブレていなければ良いのでは?とさえ思いますが。


この考え方を確認せざるを得なかったのが去年の原発事故。原発問題でした。
なので元々ブログで書こうと(憲法問題でもそう書いてますが)していたことなので、予告編のつもりで書き始めたら結構な分量になってしまい、あろうことか(笑)、火山学者の早川由紀夫教授の目に止まり、まとめサイトに掲載されました。
それ自体は構わないんですが、前段の考え方についてと原発問題の話はセットで、しかも「まとめ」ではリプライが省かれていています。
そして、ボクの意図とは違う色付け・文字の誇張があります。
「原発消極的肯定論者」というカテゴライズも受け入れがたいのですがね。
早川教授の「まとめ」意図は不明ですが、やや恣意的な編集と言えなくもないので、ここに一連のツイートをまとめておきます。

*Twitterやブログでの元発言の意図を曲げない範囲での引用、まとめ(Twitterなら公式RT)は拒否しませんが、出典元の提示と元発言の形式は改変しないで頂きたいものです。

その上で、ご自分の意見を書くことは拒否しませんし、むしろ歓迎です。
どんどん表現して頂きたい。
ネタに使ってもらえるなら本望です(^_^)


さて、ここからです。
………スタートは6月18日午前3時42分23秒………

今日のブログも「政治・社会」カテゴリー。自分の意見が偏ってるかどうか気にしながら書いてはいるけど、偏りのない考えってなんだろう。標準のスタンダードの基準はどうやって決めるんだろうか?当たり障りのないことしか言えないとしたら表現を仕事にする立場としては致命的だとも思う。→

<ものすごく長いので「続きを読む」をクリックしてどうぞ>


本当に気にしないと行けないのは、簡単に言えば「嘘をついてないか」だろうと思う。政治の話にしても事実を参照した上で書いているか?イメージや一面的な意見に乗っかって書いてはいないか?誤った情報で結果的に嘘を書くことになっていないか?…に尽きると思う。→

自分の思い込みを覆すのは大変です。若い頃には少なからずあるけども若い頃でないと覆すのは難しくなる。ボクも20年前には真逆と言って良い考え方だった。今思えば思い込み。今の考え方を立派だとは思わないけども、かつての反省から「思い込み」ほど怖いものはないと考えるようになりました。→

自分を縛ってしまう罠から抜け出すのは思いの外大変です。客観的データや証拠のある事実を見せられても信じられなくなってしまいます。こういう状況が「宗教」と例えられる所以ですがそれは宗教に失礼でしょう。「反対・賛成」といった二択に落としこむ簡潔さに「偏り」の罠が潜んでいます。→

偏りを判断するには、客観的データや証拠を伴う事実を元にしているかどうかが大切です。思ったこと、自分の感覚を証明してくれるかどうかを価値基準にしたら「事実」でないことでも信じてしまうことになります。心地良いことに頷き感覚に沿わないことは排除する積み重ねで「偏り」が生まれる。→

順序が違うんですね。まず確からしさの検証があって考えが醸成される。不確かな情報でも心地よい二択的な物言いは感覚に訴えます。思い込みになりやすい。偏りに発展しやすい。ちょっとおかしいな、と思ったら可能な限り調べる。考えとして定着させるのにそいう努力を惜しまないことも自戒します。→

行ったり来たりしながらで良いんです。間違えることもあります。意地を張らないで、思い込みに浸らないで、物事の軸、問題の本質を見られるようになったら良いと思います。そうなりたいです。

……<これ以降が原発問題>

という考え方のもとで原発問題を考えた時、大飯原発の再稼働をどう評価する?ボクは再稼働を支持します。防災対策や再稼働にあたっての手続きに疑問はあります。再稼働後も放置してはいけません。しかし、現実に電力不足のデータがあるのに、なんとかなる、などと無責任な事は言えません。→

石油・ガスの火力発電を増やせば良い。しかしそのコストは国民にかかります。停電のリスクは経済だけでなく病院、生命維持装置を使う病人にかかってきます。ボクの長男は出産に30時間かかりました。特例とも言えないそうだけど出産にも多大なリスクがかかります。自家発電機は十分でない。→

個人レベルで我慢できるものから人の命に関わるレベルまでリスクが想定されています。想定内の被害をどうやって回避するか?各方面が苦渋の決断をした再稼働には一定の理があると考えます。喫緊の問題と中長期の脱原発は別に考えて並行的に対策をするよう国民が後押しする必要があると考えます。→

様々な問題を「反原発」で一括りにし、客観的なデータや事実に基づかない思い込みに固執してしまうと結局は脱原発を実現できなくなってしまう。反原発であれば、原発を敵視するだけでなく原発を必要としない資源を求める、そのように政治家に訴えるのが遠回りでも近道だと考えます。→

今ある原発の安全性を高める。福島第一の大事故と同等の原因は取り除き、女川並みかそれ以上にする。テロ対策も万全を期す。これを「原発の延命だ」として反対するとしたら、何をしたいんでしょうか? 同時に将来的に原発を必要としないエネルギー資源の確保を求める。求めるのはボクら国民です。→

原発「反対・賛成」の二択では現実的な対応がぼやけてしまわないか心配です。政治家に”だけ”賢い選択、重い責任を迫ることは出来ません。それこそ、自分を安全地帯に置いた偏った考え方になってしまいます。

では具体策を。原発は30年の耐用年数で設計してあるのだから30年越原発から停止すれば良いです。宮崎にはひとつの工場だけで1年間で原発1基分に相当するソーラーパネルを生産していますし。ガスもある。問題は総括原価方式を役人と電力会社が手放さないことだと思います。@Hiramatz

はい。耐用年数を超えた原発は廃炉にしていくの良いと思います。エネルギーも地域の地の利を生かした政策ができるよう改革が必要ですね。太陽光、風力は基幹電力としては心許ないけど開発は必要だと思います。安定的な電力供給には原発を含めた様々な選択肢があります。 @***

はい。ではまずは30年で停止という道筋で。材料工学での材料の物性は正直ですから、原発は家電製品のようなもので古いものから一気に各所各部材が壊れ始めます。原発は修理したフリはいくらでもできますが、原発は修理ができません。@Hiramatz

そこら辺がキチンと法整備されて(時の政権などに左右されないように)なるのか疑問です。女川のように更に強い震度、津波に襲われても大事故に至らなかった(とはいえ機能に重大な影響はあった)原発もありますが、古い原発が危険なのは福島第一で証明されたわけですからね。 @***

はい。女川福島(東海村も)証明されてしまいました。古い30年原発から素早く閉じる。MOX燃料装荷済の原発は(非人道的なので)これ3基止める。今後原発は作らない、の3つ。原発以外の発電方法開発は技術者の皆さんやる気満々です(但し核分裂と核融合はダメ)@Hiramatz


原発をダメとする根拠というのがどれだけ科学的医学的に証明されているのか、また、それ以外の(生活必需の)技術のリスクが検証されているのか包括的な説明は少ないです。いずれも歴史が浅いので仕方がないですが、データに基づく冷静な検証と議論を望みます。 @***

原発事故による放射性物質の被害はどれだけのものでしょうか?事故から1年と3ヶ月が経ちましたが亡くなった方、病気になった方はどれだけいますか?事故直後の即死者から経過後の健康被害が予測できます。経過した後の健康被害によって事故直後の被害が逆算できます。福島第一ではどうでしょうか?

ボクには、直接的な放射性物質の被害よりも放射性物質を恐れる風評によって住処を失い、雇用を失い、精神を病み、死に至った方の方が深刻だと思います。実際に死に至らしめられている問題より、実例のない「放射性物質の恐怖」が勝るとは思えないのです。

まさかとは思いますが。原発を悪だとするためには放射性物質で死者が出てくれないと困る、などと考える人はいませんよね?東北には人が住めず、瓦礫も畜産農産物も魚も外に出さず、永久に封じ込めて見えないようにすることを良としようなどと。…だとすれば、それは誰のためでしょうか?

今、十分被害を被っている方々を無視し、あるかどうか分からない事例もない科学的根拠も不確かな「被害」を重視する倒錯を支持することは出来ません。あるかも知れない放射線の被害を考えるとしても、まずは今、風評によって被害を受けている被災者の救済が最優先なはずでしょう。

そう言えば、火山学者の早川さんはどうしてるのかな。火山性ガスの拡散を応用した発災後の高濃度の放射性物質拡散予測は的確だった。しかしその後の感情的な発言に嫌気が差してリムーブしてしまったのだが、数カ月前にニュースになってたっけ。桐生市市議の問題発言にも似た極端さを感じた。

前にも書いたけど、早川さんは三宅島噴火の際、掲示板で積極的な発信を行なっていて注目していた。発言は少々刺激的だったけど、一刻を争う事態を経験した人だけに重みがあった。去年の三月久しぶりにその提言にサスガだと感心したものだけど、専門外の放射性物質ではいささか行き過ぎだったと思う。

実際にデータに表れている被害と起こっていないにもかかわらず「被害」だと言わていることの差は埋まるのだろうか? 良識が試されますね。


………以上です………

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