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2013
05.19

『ヒッチコック「逃走迷路」』

Category: ひとりごと
ヒッチコック ブルーレイ コレクションが出たので早速購入。
「ハリーの災難」「鳥」「逃走迷路」を観ましたが映像がきれいです。
音響もかなり解像度が上がっていて素晴らしいと思います。

ヒッチコック監督の「逃走迷路」
1942年の作品。
演出テクニックについてはいくらでも称賛や解説がありそうなので、この作品で特徴的かつ避けて語れない政治的表現について書いてみる。

「風と共に去りぬ」で有名なプロデューサー、セルズニックの招きで渡米して5作目。
セルズニックは資金難でヒッチコックを他の会社へ貸し出したりしていたそうで、この映画はフランク・ロイド・プロダクション製作になっています。

新天地アメリカで、しかも戦争中の渡米だったので航行中はドイツ軍の攻撃を警戒しながらで相当な緊張感だったようだ。
戦前戦中の映画は少々の政治色が入っているけども、ヒッチの主観がどれほど反映しているのかは正直分からない。

最初の脚本会議の時、真珠湾攻撃の一報が飛び込んできたそうです。
そういう時代のアメリカ映画です。

あらすじ
第二次大戦中。軍需工場で働くバリーは破壊工作の嫌疑を受ける。
潔白を証明するために彼だけが目撃した犯人フライを探すため警察を振りきってしまう。
引くに引けない状況で、途中知り合った美女パットを巻き込んでの逃走劇。


「無実の罪を背負った主人公が身の潔白を証明するために敵と戦う」
シンプルな筋立てで、この種の映画のお手本のような作品です。
スピルバーグの「マイノリティ・リポート」はヒッチコックへの見事なオマージュだと思う。

こういう状況設定は人物が能動的に動くので楽ですが、あくまで手法であって目的(映画そのもの)は別にあります。
状況や人物設定のおもしろさなら映像でなくてもできますからね。
目的と手法を混同すると結果を誤るのは、政治経済の話(だけでなく凡そ全ての人の営み)と同じなのです。

ヒッチコックの真骨頂は映像による多層的な人間描写・心理描写にあり「映画」そのものです。
テーマ性に左右されず、時代を超える表現に溢れていると思います。

偏らない表現と皮肉なユーモア

戦時中(アメリカ参戦前も含めて)の映画「逃走迷路」「海外特派員」「救命艇」の3本では連合国や民主主義の論理を一方的に賛美することはない。
主人公が正義に燃えていたとしても敵側の論理にも説得力をもたせようとしているところは誠実だと思う。

ヒッチ作品の全体的な特徴として、敵役を魅力的に描く点があります。
この映画でも、首謀者トビンの住処はプール付きの立派な農園。
トビンはプールで孫と遊ぶ姿が初登場で、理知的でユーモアを理解し孫を可愛がる紳士として描かれています。
後半のアジトも豪華な邸宅で、家主は表向きチャリティも行う富豪だが、バリーの企てで自分の宝石をオークションに出さなきゃいけなくなり、本当は嫌なのを押し殺して笑顔を作るところが可笑しい。
手下もみなきちんとした身なりな紳士で家族の話をしたり自己愛っぷりを語ったり余裕たっぷりに描かれています。

悪い奴は見た目や素行からして悪そう、ていう一方的な描き方はしません。
主人公バリーと、直接対決するフライの二人はどこか孤立していてギラギラしている。
敵味方に別れた二人はどこか双子のように描かれてると思えます。

利己主義の明確さ と 相互信頼の脆弱さ

「逃走迷路」には敵・味方に印象的な表現が多々あります。
敵側
主人公二人が邸宅から逃げ出そうとダンスを楽しむ人々に紛れ込むシーン。
人々に「ここは工作員の巣窟だ」と訴えても誰も信用せずダンスに夢中。
頭のおかしいヤツ扱いを受けてしまい、通報されてしまう。
真実を訴えても考えもせず排除しようとする。場の空気に流される大衆が敵に加担してしまう。
まさに「バカ:スパイ=9:1の法則」
一握りのスパイによって大衆が扇動され、真実が受け入れられなくなる恐怖だ。
日米はコミンテルンの謀略にハメられ対立を止められず開戦してしまいました。さすがにヒッチや脚本家がそれを知ってたとは思えませんが、戦争の真理を捉えていたのかもしれません。
(21世紀の現代日本にも同じ問題はしっかりありますけどね。)
敵側は私利私欲のためにとりあえずまとまってる集団に過ぎないのです。
…まるで民主党のようですね。

バリーは逃げられずパットとも引き離されてトビンの元に戻されます。
トビンは大きなソファーにゆったりと座って持論を語る。
彼は「民主主義は合理的ではない」「大衆は愚かだ」と言い全体主義の優越性を説くのだが、全体主義を信奉しているのではなく、自分の優雅な生活の維持のため利用しているに過ぎないところがリアルだ。
敵側はそれぞれが自分の利益を求めていて祖国に愛がないのだ。
このシーン。トビンのカットは全て引き絵で、堂々とした威圧感がありますが、ライティングの演出でどこか淋しげな哀れな感じに見えます。

トビンはバリーを処分するよう命じて社交場へ戻ります。
そこではバリーを陥れるのに加担した大衆が、何も知らず楽しそうにクルクル踊っている。
この映画の最も恐ろしいシーンだ。

味方側
「民主主義 対 全体主義」の構造は登場する多彩な人物によって描かれています。
バリーの逃走を手助けするトラックの運ちゃん、目の不自由な老人、サーカス一座の奇人たち。
彼らは様々な民族、個人差、格差など多様な人々を象徴する人たちだ。
バリーとパットはサーカス一座のトレーラーへ逃げ込む。検問で止められ警察が近づいてくるピンチ。
バリーは事の次第を説明するのだが、警察に突き出すか匿うかで意見が割れてしまう。
「ここは民主主義で」と奇人たちのリーダー「骸骨男」の提案で議論し採決することに。
最後の一票を担った「ひげ女」は二人が信じあっていることを「正義」の根拠として匿う方に賛同します。
最後まで「突き出してしまえ!」と主張してた「小さい独裁者」は発言を封じられてしまう。
緊急時にはリーダーの決断に従わなければ大変なことになりますからね。
ここも単なる美談、民主主義の賛美になっていない。
彼らは彼らの願望でバリーたちを見ているし、ヒロインのはずのパットはバリーを何度も疑ってしまう。
この時も工作員の疑いを捨てておらず仕方なくバリーに従っただけなのだが、ひげ女の純真さに自分の小ささを恥じてバリーを信じることになる。

社会から排除されてきた奇人たちが「何が正しいか」を見ず知らずの者のために真剣に考え選択する。
私利私欲でなく公を意識した望ましい共同体を象徴していると思う。
リア充的アメリカ市民として描かれるパットの方がよほど利己的で軽薄な正義を振りかざしているのが皮肉だ。
パットはこの後もう一回疑ってしまうし、ブレすぎてて賢い女性に見えないのが残念なんだけど、誰もが彼女のようになってしまうことは否定できまい…。

トビンの言う通り民主主義には様々な行程と手続きが必要で「合理的」と言い難い。
白か黒か、好きか嫌いか、得か損かで安直に判断せず、本質を見極めようとする努力なしに本当の民主主義は機能しないわけです。
味方側は決して一枚岩でなく方向性を定めるのに苦労しています。
バリーが工作員ではない、という一点の真実のみが彼と観客が共有している(映画上の)正義なのです。


正しさを証明する面倒な手続きを根気よく乗り越え、バリーたちはやっと信用を取り戻し、アイデンティティを取り戻します。
映画は最後のクライマックス、自由の女神でのバリー対フライの対決に至ります。
すでに本質的なカタルシスは終了し、アクション的な見せ場を作ってスパっと映画を閉じます。
比較的オーソドックスな演出から特撮ありスーパーショットありの演出に転換するメリハリが見事。

敵の組織はどうなったの?トビンは捕まったの?
とかツッコんではいけません(笑)
そこはこの映画の本質じゃないんです。


日常生活では人の心の内が見えたり見えなかったりするのが楽しかったり辛かったりします。
心理は見えない触れないものですからね。
ある意味、これを超えるエンターテイメントのネタはないように思います。
どんなに映像が豪華でも心の内を想像させてくれない映画はつまらない。
見せるんじゃなくて想像させる映画。
ヒッチコックの映画には、映像によって「見えないもの」を想像するおもしろさが溢れています。



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