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2014
03.01

「泥棒成金」〜心の動きを演出するヒッチコック

Category: ひとりごと
ヒッチコック監督作品「泥棒成金」1955年。
Blu-rayで久しぶりに観ました。映像も音もクリアになっていてなかなか良いです。

南仏ニースの美しい景色。イーディス・ヘッドの素敵な衣装。ヒッチコック初のビスタビジョンによる堂々たるレイアウト(画面構成)。
そしてなんと言ってもグレース・ケリーの美しさを映像で定着するために作られた、と言っても過言でないくらい、本当に美しく撮られています。

脇を固める俳優も個性派で楽しい。
グレース演じるフランシーの母役、ジェシー・ロイス・ランディスは、「北北西に進路を取れ」でケーリー・グラントの母役を。
保険会社員のジョン・ウィリアムスは、「ダイヤルMを廻せ!」のとぼけた警部役でヒッチコック映画に独特の味わいを与えています。

主演はケーリー・グラントで、ヒッチコック映画の常連です。
40年台から50年台のヒッチコックはアクションの多いサスペンスやコミカルさが要求される時はケーリー・グラントを、心情や人間味が要求される場合は好対象のジェームス・スチュワートを起用しています。
「泥棒成金」は南仏のニース周辺の美しい自然や街並みが主人公と言って良いくらいで、特にこれといったテーマもなく、コミカルな観光映画といった体です。
トリュフォーとの対談本『映画術』の本映画の項目では「軽い話だからね」と評して、女性の好みの話がほとんどでした。

テーマらしいテーマがなく、あまりにも普通に、自然体で、肩の力の抜けた映画なために、あまり論じる必要性を感じないのかもしれません。

そのような映画ほど「ヒッチコックらしい」映画であり、「ハリーの災難」には敵いませんが「泥棒成金」も純粋に映画的な一本だと思います。

洗練された演出技術
人物が置かれている状況や心情を台詞などの説明に頼らずに的確に演出するのがヒッチコックの特徴です。
この映画は以下のように始まります。
・次々と起こる宝石盗難事件
・その犯行はかつての大泥棒「キャット」と酷似。引退生活を送る「キャット」ことジョン・ロビー登場
・警察の捜査が始まり、ジョン・ロビーのもとに刑事たちが来る
・猫騙しのような作戦で刑事たちを煙に巻く
・かつてのレジスタンス仲間が経営するレストランを訪れ、仲間たちに泥棒は自分ではない誰かの仕業だと説明する
途中の刑事たちの短い会話以外は台詞は伴奏音楽か効果音のような扱いで、音がなくても何が起こっているかわかるサイレント映画のようです。
台詞はレストラン経営者でかつての仲間だったベルタニとの会話が最初になりますが、ここで台詞と映像のズレを利用した心理表現が見られます。
このシーンのジョンの台詞は「キャット」と似た手口の犯行で自分が疑われ、かつての仲間からも猜疑の眼を向けられている怒り、真犯人を見つけてやるという勇んだ心情であふれているように聞こえます。
しかし、冷淡なベルタニの反応で一見勇ましいジョンが追い詰められているように見えてきます。
台詞と観た印象のズレによって、それぞれの単独では表現されない「何か」が観る人の心に現れます。
音楽で言えば、対位法…ポリフォニックな表現ですね。
これは主に台詞に対する映像のアングルと芝居の対比によって表現されています。
このシーンは仲間たちをおちょくる余裕を見せたあと、ジョンをアオリ気味で捉えるレイアウトで始まります。
怒りを露わにするジョンに対してベルタニの方は椅子に座って冷淡なツッコミを入れるのみ。
会話が噛み合わずジョンに落ち着きがなくなるとカメラは上方からのフカン気味へと切り返すごとに変化していきます。
アオリとフカンの心理的効果はどういうものでしょうか?
人物(建物でもそうですが)を下から仰ぎ見る「アオリ」で撮ると堂々として見えますよね。2者の対比ではアオリで撮られた人物のほうが上位になっている印象になります。
上から見下ろす「フカン」ではその逆に撮られた人物が下位の立場に見えます。
ジョンがフカンで撮られるにしたがって言葉の強さとはうらはらに「ただ強がっているだけ」の印象になり、逆にアオリで撮られるベルタニは大したことを言っていないにもかかわらず「すべてを知っている」ように見えてきます。
このように、台詞(音響)と映像の心理的効果を利用した対位法的演出によって、映画を観る人の「心の動き」を自在に操るのがヒッチコック演出の真骨頂と言えましょう。
「泥棒成金」は数々のサスペンス映画で培われ洗練された「語り口」を楽しむ古典落語のような味わいに達しているのです。

こういうシーンでは台詞の中に心情を説明する言葉を付加したくなります。
そうすればテキスト的には饒舌になるのですが、映画としてのおもしろさは文学とは違いますから、音響と映像の総合的効果を十分使わなければ真に映画的とは言えないのではないかと考えます。

ジョン・マイケル・ヘイズの洒落た台詞もこの映画の魅力です。
台詞と映像の対位法的な演出だけでなく協奏するところもある、そのバランスも非常に洗練されています。

グレース・ケリー
彼女はこの映画のロケで訪れたモナコ公国でレーニエ3世に見初められ公妃となります。
日本文化を好みモナコに日本式の庭園を造園するよう希望していたそうです。
「泥棒成金」では若い刑事たちを巻くためにスポーツカーを猛スピードでかっ飛ばすシーンがありますが、皮肉なことに1982年ロケ地の近くを愛車で走行中に脳梗塞を発症し、カーブを突っ切り40m下まで転落して亡くなりました。
12年後、モナコに本格的な日本庭園がつくられ、そこにはフランス語訳で「グレースの庭」の意味になる茶室「雅園」が建てられたそうです。

ヒッチコック映画では「ダイヤルMを廻せ!」「裏窓」とこの「泥棒成金」の3本に連続で起用され、クールビューティと称賛されました。
ヒッチコックは作品ごとに重要な役を与えたと語っています。
「ダイヤルMを廻せ!」では夫に殺されそうになる妻の役。
冷たい夫に嫌気が差して情熱的な小説家と不倫関係にあるというエロティックな役どころで、やや受け身な印象がありました。
「裏窓」ではカメラマンのジェームス・スチュワートの恋人でファッションモデルの役。
危険をいとわないカメラマンの彼氏からは結婚相手として不釣り合いだと冷たくされるが、最後にはカメラマン顔負けの行動力を見せる。

「泥棒成金」では実に変化に富んだ役どころを演じきっています。
いかにもクールな美女として登場したかと思えば、ジョンに突然燃えるようなキスをする。この前後で態度が全く変わるのが女っぽくてカワイイような憎らしいような複雑な気持ちになります。
ジョンが「キャット」だと見破っていて、スリルを楽しむ幼い恋心から、ジョンの苦境を知るにつれ深い愛情に変化していく。そしてラストシーンでは…。
まるで猫の目のようにコロコロと変わる心情はまさに「女心」そのもので、罪深くてたまらなく愛らしい。
イーディス・ヘッドはその演出意図に応えてシーン毎に衣装や髪型を変えています。
ボクはこの映画のグレース・ケリーでいわゆる「ツンデレ」が好きだと自覚しました(笑)
元祖ツンデレは「泥棒成金」のフランシーなのだ。

最後までわからない「謎」
この映画の最大の謎は、なぜベルタニがジョンを陥れようとしたかです。
レジスタンスの仲間たちと結託し「キャット」とそっくりの手口でジョンを宝石泥棒に仕立て上げる理由だ。
かつては泥棒だったジョンが罪滅ぼしにレジスタンス活動に協力した過去に何かありそうです。ベルタニたちは生粋のフランス人でジョンは元々アメリカ人の設定だと思われるので、その立場の違い、悠々自適の生活をするジョンへの嫉妬や猜疑心で彼を陥れようとしたのかもしれない。
しかし、説明がないまま映画は終わってしまうのです。
スパイを題材にした映画でも争奪する「秘密」が何なのか最後までわからなかったり、「敵」の組織が結局どうなったのか不明なまま終わるパターンがよくあります。現代では許されないオチですが、当時はヒーロー・ヒロイン中心で決着が付けば良かったのでしょうね。
これは、ヒッチコック映画のいつもの手「マクガフィン」に違いない。
つまり、意味ありげなようで実は何の意味もない、物語を進めさせる「単なる仕掛け」にすぎないのでしょう。

現代ではその「単なる仕掛け」に時間と労力を割かねばリアリティがないと批判されてしまいます。
しかし、ヒッチコックが求めるリアリティは、目に見える仕掛けの説明ではなく、映画からしか感じられない、ボクら観客の目に見えない「心の動き」なのです。


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