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2014
03.11

3月11日

Category: ひとりごと
今は11時40分。
3年前の約3時間後に東北地方太平洋沖地震が起きました。

3年前の10日は日をまたいで「気に届け」最終回の原画をやっていました。
他にイラストの仕事もあって、スタジオカラーで原画を、自宅でイラストを、という感じでした。
夜型で明るくなってから寝るのはいつものことでしたから特に頑張ってたとかではないんですが、原画作業はアップ日までにどうにか終わりそうな残り数になって少しホッとしてベッドに入った記憶があります。すでに世の中は活動している時間だった。


最近は三陸沖の余震や福島浜通りの地震もかなり減っています。
茨城県沖から東京北部も今年に入っては揺れてないように思います。
でも、油断はできません。
あんな地震が来るとはまったく想像できなかったのですから。


首都直下型地震や東海、東南海地震は30年以内に70%の確率で起こると言われています。
個人で備えられることなら何とでも準備できますが、自治体や国家レベルの備えは政府が動いてくれないとどうにもなりません。
東北の復興に人手不足や機材不足があり、価格が高騰してインフレ状態にあると言われます。
需要に供給が追いつかないのです。
これを是正できるのは民間や市場ではなく国家、政府です。
もう3年経ちますが、すぐにでも事業を起こせるように、短期でなく中長期視点の予算を組んで人や機材を増やせる土壌を作って頂かなくてはいけないと思います。そうしないとデフレ下では民間はついていけません。

原発事故…
拡散した放射性物質が高濃度で堆積し除染しないと住めない場所はあると思います。
しかし、20km圏内の多くのの地域は人が住んで問題ないレベルだという専門家の意見があります。
水素爆発の直後、高線量率の放射線で急性障害を起こした人は出ていません。
放射性物質は拡散した時点から薄まって半減期の短い核種から消滅していきます。
最初に問題になるのといわれるがヨウ素131による被曝でした。
心配された甲状腺癌は今のところ見つかっていません。
福島でのスクリーニング(詳細な検査)で見つかった甲状腺肥大は、その後ほかの県での同様の検査で同程度、或いは福島以上の数見つかっているので原発事故との関連性は考えにくいことがわかります。一般の身体検査レベルで見つからない肥大がスクリーニングでみつかった、ということだと思われるわけです。このレベルだとほとんどは癌に至らずに消えるのだそうだ。

直後の急性被害がない。その後の甲状腺被曝も心配なさそう。となると、ここから数年後に健康被害が出てくることは科学的にあり得ないのではないか?と思えます。
例えば、です。
川のある地点で猛毒が流された。
2m下流で中毒死者が出た。
10m下流で重病。
50m下流で腹痛。
100m先では異常なし。
さて、2m下流で腹痛すらおぼえる人がない状況では50m下流で死者や病人が出ると考えられますか?

震災の年の夏頃にも同じようなことをTwitterでつぶやきました。群大の先生がまとめて下さいましたが、今でもこの考えを訂正しなくてはいけない結果は出ていません。
つまり
福島のほとんどの避難区域は、帰宅して先祖代々の家業を再開し、農作物や畜産や漁業を再興し、ボクらはその実りを頂ける状況ではないのか? と。

「20km圏内浪江町の牛たちは元気に生きています」(←放射線防護情報センター)

避難指示の解除が進んでいますが、3年放置された町はそのまま住めません。
補修や建替えを国家が予算を組み、責任をもって進めないと帰りたくても帰れません。環境づくりが必要ですね。

それにしても遅い。
福島第一原発事故での被害は、当初の緊急回避モードを見直さずに今まで放置しているのが一番大きかったのではないか。
それが風評被害を呼び、受けなくても良い被害を受けさせることになったのではないか。
避難生活や家業を再開できない絶望から寿命を短くしてしまった方々を出してしまったのではないか。
放射性物質による被害でなく、人災だ。
政治家や東電だけでなく多くの一般人も加担してるんじゃないでしょうか。

…もう3年です。
もう、いい加減改めましょうよ。

地震と津波で2万4千人を超える方々が亡くなり、2600人以上行方不明の方がいる。

原発云々で…
亡くなった方々と遺族の皆さんの気持が蔑ろになってしまうこと。
東北全体の復興の必要性が国民全体に共有されないこと。
震災は東京も東海も関西も、日本全国ぜんぜん他人事ではないこと。
…様々な大事なことが、根拠なき原発云々の大声でかき消されることの方が大問題ではないですか?

一時の防災でなく、長期的な強靭化にまで想像力を働かせるのは一般的には難しいかもしれません。
どんなに防災工事をやっても被害はゼロにはできません。
しかし、やり続けないといけない土地にボクらは生きていて、将来の世代もそうやって生き続けるのです。
生活の知恵や技術を常に磨いていかないと生きていけない土地に生きているのです。
まったく想像できないことに、よりマシな対応をするために、継承しないといけない。

厳しい環境が日本の豊かな文化を育ててきたとも言えるかもしれない。
そんな風に言えるのはやるべきことをやっていればこそ、だろうと思います。



自分の主観的な考えが、客観的、道徳的に見て正しく、役に立つといえるのか?
格率を問い続けることが、今日という日を迎える意味なのではないか。

まったくまとまりません。
きれいにまとめるのなんて無理です。


先に進まねば。



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